刃をはらんでいるかのような無情の突風が吹きすさぶ中、
乾いた岩屋のいただき、しっかと足を踏まえて立つのは一人の少年で。
まだまだ育ち切らぬ痩躯に、四肢の肉付きも十分ではない域なれど。
不意打ちを喰っても揺らがないだろう、
体幹の強さ硬さが見るからに判る、何とも精悍な立ち姿。
腰の両脇に拳を据えて、
胸を張っての凛々しい有り様は、
そのまま彼の少年がどれほどの気概と覚悟を呑んでいるのかも現しており。
険しくも過酷だった旅に強かに打たれ叩かれた末の、
これもその研磨の成果というものか。
困惑や不安はもう影もなく、
凛々しいまでに伸びた背条には
信念と怒りとが剛の芯となって張りつめているばかり。
素の無邪気な顔とどこも違ってはないはずなのに、
幼さや線の細さは居残るものの、
冴えた眼差しには固い決意と覇気がたたえられ、
紫の玻璃と琥珀の入り混じる、宝珠のごとくな双眸は、
朝焼けの空の凛としたすがしさをたたえるばかり。
◇◇
うたたねから覚めるときはいつも、
凭れていたりお膝を貸してくれる彼の手のひらがそっと目許を覆ってくれていて。
ずっと添えられているわけじゃあない、
目が覚めそうだなと気づいたら、そおっと手を伏せてくれているらしく。
暖かで少し乾いた感触は心地がいいが、
こちらへと注意を配っていてこそ出来ることでもあろう。
彼だって休憩中の身、そんな面倒なことへも気を回してくれているなんて申し訳なくて。
どうしてなのかといつか聞いたら、
まぶしいのはイヤだろう?と
低められた声で何てことないよと静かに答えてくれた。
起き抜けのぼんやりとしたところへの静かで柔らかな囁きは、
少しずつほどけつつあるまどろみの中へするすると溶けいって。
急かすことなく穏やかに起こしてくれるようで、とてもやさしいお気に入り。
これが他人ごとであったなら、
今どきの常識用語として意味は通じても
“ファンタジー小説じゃああるまいに”と一笑に付して、
真剣には取り合わなかったと思う。
他人ごとならそうなっただろうに、そうはいかなかったのは、
他でもない我が身にじわじわと拾えたことだったから。
自分がこの身で見聞きしたりしたわけじゃあないのに、
鮮明なリアルとして、あるいは感覚として、覚えていたり理解できる時がある。
武道も格闘も、何なら言い合いが高じての掴み合いの喧嘩だってやったことはない。
野蛮だとまでは思わぬが、大概のことは手を出す前に話し合いで何とかなろう。
語気を荒げてまで争うようなことにも縁はなかった。
内気というのではなかったが、何につけムキになるような性分ではなかった。
『ああ、あの太刀川屋さんの…。』
そもそもからして、やや古めかしいしきたりが厳然と存在する家系に生まれた身で。
ただ、その大元の“本家”と直接つながっている父方の祖父が、
『ウチの血筋にはそんなもん関わりなしでええ』で通していたし、
祖父自身が当人の力量や才能で交友関係やら実績などなどを多方面へ広げていたこともあり、
彼が言ったその通り、こちらの直系に限っては本家からの面倒な通達へ基本関わらなくて良しとされ。
あの名家の関係筋なら…などと声が掛かったり揶揄されたりといったような格好、
旧態然としたしがらみによるような、窮屈な思いとやらとはあまり縁がなかったものの。
『イヤイヤ期も短かったしねぇ』
『手も掛からないし、龍ちゃんたら向いてるよねぇ。』
見目愛らしく生まれたことから
“赤ちゃんモデル”というイマドキなステージへと引っ張り出され、
その延長としてお稽古ごとのように通っていた児童劇団の活動に
どんどんのめり込んでしまった結果、
高校から卒業する頃には
『太刀川屋さんとは関係ないんだろうけど。』
『畑が違いすぎるって。』
舞台演劇の方で、新進気鋭の注目株として名を馳せてしまい、
芸能系マスメディアにも結構な露出で縁がある身となってしまっていた。
これも血統というものか、いやいや単なる向き不向きの話だろうてと、
身内が集まるとからかわれることも増えていた。
……のだが。
どうしてだか、剣戟や格闘が出てくる種の作品へも苦もなく関われた。
新人だからというワケでもなかったが、
伝統的な所謂“古典もの”よりも新進気鋭な脚本や今時の作品からの声がかかることも多く、
何なら「2.5次元」と呼ばれているような、
マンガやゲームが原作の作品へもゲストとして呼ばれることもあって。
そういうジャンルには剣と魔法の関わるファンタジー仕立ても多く、
掴み合いの殴り合いこそ、タイプではなしと振られることはなかったが、
細身の剣を振るう剣士の役が来ることは多く。
切り結びの振り付けなどを指導されるたび、筋がいいと不思議そうに褒められる。
「いやいや、こういう荒事の出てくる作品もやってたかねぇ。」
「呼吸がいいねぇ。」
何なら、持て囃されてはいるがこういうのは出来なかろうにと
鼻をへし折ってやろうなんてこそり企んでいた流れもなくはなかったらしいのが、
鮮やかにこなせる、不意打ちのアドリブへも打ち合わせがあったかのように合わせられるとあって、
むしろ才能の塊じゃあないかと称賛されてしまっており。
身ごなしが流麗鮮烈で、さすがは張里さんの血かねぇなんて、
聞こえた本人がしょっぱそうな顔になるよな評価さえ降って来るものの、
“………おかしい。”
敵意や殺意は大仰ながら、それでも身の危険につながろう攻撃へ、
俊敏に対応出来る、身体が動く。
こんな武道に通じるような感覚には全く縁のない生活を送って来たはずなのに。
他でもない本人が、自分の体捌きへギョッとする。
何なら、頭上から何かが落ちてきたようなアクシデントからも
勘よく飛びのいて避けられたケースが結構あって。
“………まさか、なぁ。”
そんな奇異な感覚から少しずつ紐解かれてゆく、
謎めいた記憶にいつしか辿り着く彼でもあって……。
◇◇◇
移動中だったスタジオビルの廊下ですれ違ったのがその出会い。
本当によくあるシーンで、ドラマのネタにもならないくらい日常すぎる間合いのこと。
こちらも次に向かう先のことしか意識にはなく、
相手あっての待ち合わせではなかったが、それでもややもすると急ぎ足で歩んでいて。
ただの通過点でしかなかった場所で
思いもかけずに訪のうた邂逅はあまりに呆気なくて
ふと、雲が途切れたか壁側の大窓から目映い日が差してきて、
不意打ちにあったような気がして、
おやと顔を上げた視野の中へ、本当に偶然入ってきた顔だった。
それへと、何でああまでハッとしたのか。
「……っ。」
思い出しもしなかったとまでは言わない。
それは印象深い存在で、何かの拍子に似た顔や声へはっとしもして。
とはいえ、そうそう四六時中思ってたわけでもなかった対象。
だってこんな風にひょっこりと会えるはずなんてない相手。
最後に思い起こしたのだっていつのことだったやら。
様々な脚本をこなすうち、奇妙な感覚が身のうちへ増えてゆき、
そんな中で“思い起こした”存在も現れて。
夢の中に出て来ても、目が覚めればどんどん曖昧になってゆくような、
忙しい日常の中に留め置くにはあまりにおぼろげな、人物や場所や出来事。
現実の生活では決して接することもなかろう、
冗談抜きに死線を渡るよな荒ごとの中で、協力し合ったり叱咤し合ったりしていた。
その場ではひどく鮮烈な間柄だのに、
現実世界で目覚めるとそそくさと、裳裾をからげて去ってゆく。
それほどに“現実の日々”とは接点など生じるはずのない存在ゆえ、
まるきり意識のうちにもなかったはずが、
「…あ。」
無意識のうち、通り過ぎかかる相手の二の腕を文字通りの咄嗟に掴んでおり、
不意なことだったか相手が肩を跳ねさせるほどギョッとしたのも、今にして思えば無理はなかろう。
「え?」
目を見張り、何でしょうかと言いたげにこちらを見やったその顔から視線が外せない。
まだまだ少年の域を出ない、丸みの強い無垢な双眸、
アメジストの紫と琥珀の黄色が合わさった、不思議な瞳がきょとんと瞬く。
今どきのカラリングなのか、日本人だのに銀髪が映える色白な少年で、
そんな不可思議な取り合わせだというに、
見れば見るほど“彼”に違いない。
まるで曖昧だった部分も修正するよな勢いで、
リアルな“彼”が自分の中で朧げだったところを容赦なく補正してゆくのが判る。
柔らかな鼻梁の線も、やはり地毛なのだろう睫毛も淡色なのも、
掴み取った細い二の腕が、見た目よりは結構筋肉をつけているところも。
何とも声も出ないまま、だが捕まえた手を離さないままなこちらをさすがに不審に思ったのだろう。
「…何だ、こいつに用か?」
いつまでも動きがないのを埒が明かないと感じたか、
向こう側に並んでいたらしい、彼の連れだった人が本人に代わって声を掛けて来たのへハッとし、
何をどう言えばいいのやらと、恐慌半分そちらを見やって…尚のこと驚いた。
「え?」
「あ…。」
いでたちこそ地味に押さえた格好でいるものの、存在感は半端じゃあないお人。
ややワイルドなシャギーにカットした赤い髪、
青い宝珠みたいな切れ長の双眸に、肉薄だが表情豊かな口許、
精緻な彫刻のように整った鼻梁の線に添う、するんとなめらかで白い頬。
着やせする性質なのか、途轍もない力技を何でもこなせる体躯だと匂わせもしないところが、
そんな華美なタイプの精緻な面差しなのを邪魔しないでいるのも思えば恐ろしく。
何も知らずに怒らせたなら、中身満タンな一斗缶(18リットル)で軽々殴り飛ばされよう悪夢が待ってそうな
おっかないお人なのも変わらないんじゃなかろうか。
“…いやいや、そこまで同じじゃアなかろうけれど。”
そんなこちらの様子に、向こうでも同じような反応をし、
しかも先に色々と合点がいったらしく。
アッという気づきに弾けたような顔を一瞬見せてから、
青玻璃の瞳が落ち着きなく動き回っている模様。
「あ、芥川、だよな。確か。」
「…は、はい。」
ああそうか、この人は、この人も…なのかと、遅ればせながら色々と符丁が合って。
無言のうちのお互いの微妙な態度から、何かしら察し合ったものか、
「その、何だ。今は急ぎだが、あとで話しできるか?」
「はい。」
選りにもよって詳細は聞かせたくない人物がすぐそばなため、
鮮明な言いようはぼかしたがあたふたのレベルも同調したか、何とか通じた模様。
出来るだけさりげない素振りが出来たのは、双方ともに“演技”で身を立てているおかげでもあろうが、
後から思うに…それにしてはとんでもなくぎこちなくたどたどしかったとも思う。
長い睫毛の下、目線だけを流して、
判るな判ってるよなと、訊くに聞けない事情がお互い様なことまでも浚い合うよに
ややこしい目配せを交わし合った、こちらも実は初対面同士だった二人だったりしたのである。
活劇俳優としてハリウッド映画でも名を馳せているとあって、
知らぬ人はいなかろう中原中也とも、前世で知己同士だった芥川で。
ただまあそっちの伝手とやらも、本当にそうだったのかは確かめようがなく。
顔や姿も、何なら声も似ているけれど、偶然の同姓同名だろうなぁ。
ああ今生でも体の動く人だなタフだなぁと、ちょっと独特な感想を持っていた程度だったのが、
「顔も名前も知ってるってのに、
こればっかは確かめようがないってのが一番歯がゆいよなぁ。」
お前、舞台で活躍してんだろ?微妙に遠くはない世界に居るのは知ってたさ。
だがまあ、覚えてなかろとわざわざ逢いにまではいかなんだと。
自分と同じような感覚でおいでだったことを吐露してくれて。
「まあ俺は、前の生まれもちょっと変わってたからなぁ。」
異能なんてのを持ってた不思議な世界に、
輪をかけるよに不自然に産み落とされた身だったと苦そうに笑って。
だが、そういった諸々も覚えているだけで今の身は普通の青年。
前の生でも割と仲は良かった間柄だったとはいえ、
だったらだったで上下関係があったのではあるが、
そんなもん、今は通用させなくていい、
まあ年功序列は多少考慮してほしいがなと、カラカラ笑う豪快さも変わらない。
そんな先達へ何とも言えない、
懐かしいとも嬉しいとも切ないとも言えない顔をしていたものの、
芥川としては一番に気になっていたことをどうしても確かめたい。
「もしかして人虎…あの子が。」
「懐かしいなぁ、その呼び方。」
ハハッと笑ってそうなんだよなとしょっぱそうに、だが楽しそうに笑う。
「敦は、まだまだテレビや何やには露出も少なくてな。
自主撮影したパルクール映像を履歴書代わりに、アクションクラブへ売り込みかけてた。」
それがお眼鏡に敵ったらしいアクション系のスーツアクターとして、
何作かぼつぼつと出演しているところだった。
そんなだから顔もろくに見せちゃアない存在だったし、
同じ台本での共演とかじゃあない、撮影の現場で居合わせたって程度だったんだがなと、
やや長い目の赤毛をわしわしと掻き混ぜつつ、
当時のくすぐったい出会いを思い出しているらしく。
似たような活劇ものを撮影していた都合みたいなもので居合わせ合って、
ビルを想定した低層のビルもどきセットから転落するシーンを何通りか撮影するうち、
何とも単純に凄い凄いと感動してくれて、
こちらからやや強引に“お前気に入った”と連絡先を交換したのだとか。
所属しているのが小さめのアクションクラブだというの、
そんなところじゃあ危険手当も出ないだろうと、
色々ととりなしてウチの事務所へ引き抜いたんだよと、やや悪党づらして笑った中也だったが、
「今のあいつは何も覚えてねぇし、言ってみりゃ別人なんだがよ。」
恐らくは芥川が一番知りたいところだろうと、
敦自身のことを語ってくれる。
「あんな懐っこい子なのにな。」
いい香りのするカフェオレと
手製なのかアーモンドのはめ込まれたサブレを手づから出してくれて、
そんな所作に紛らわせるようにぽつりとした呟きを落とす。
だから余計にちょっとしょげた、と
さりげなくあれこれ訊いてみて判ったが、
前世というものがあるとか、
そこでの自身のことも知己だった中也のことも覚えてはなかったという。
本来だったらこちらの勝手な思い込み、
ただの他人の空似かと思うのが普通だろうが、
その前に自分があれこれ、前の生のことを覚えている以上、
生まれ変わりというのはあるんだなぁという感慨が先に来ている身。
なので、こうまで覚えに沿うた人物に思うところがあってもしようがない。
「あくまでも初対面な人だって態度されるのは、ちょっと堪えたけどな。」
自分が“転生”したような身なせいか、
姿が似ており、ちょっとした癖も似ていて、
何より、ずんと身近な知り合い同士だったという記憶があるものだから。
そうそうこんな風に笑う奴だった、
声まで一緒かよといったあれこれが拾えれば拾えるほど、
自己満足でもいいさと、前世の延長みたいに付き合い直したくもなる。
あんまり楽しいとは言い難かった前の生、
そんな中で割といいお付き合いをしていた少年。
それはそれは良い子だったから尚更で、
苦労が多かった生き方していたのが報われて、
今度は平凡な家庭の子に生まれたか、よかったなぁなんて、
当人かどうかの確証もないまま、そんな風に勝手に思ってた。
覚えてはいないのが時に寂しくもなるが、それはこっちの勝手な思いだ。
押しつけてはなるまいぞと、色々頑張って耐えてもいたらしく。
だが、そちらもやはりよく似ていると思ってた芥川の見せたあの反応。
ただ“知ってますよ”なんてそれじゃあない。
澄ました印象しかなかった青年が、運命の相手に出会ったようなあの態度に、
さすがにピンとくるものがあったのは言うまでもなくて。
「案外と生まれ変わりってのはいるもんなんだなぁ。」
しかも申し合わせたかのように同じよな畑に居合わせている奇遇よ。
先日初めて直接の邂逅となったときは随分とあたふたしたが、
こんな僥倖はあるまいと、
今はもうもう喜色を隠しもしない中也であり。
勿論のこと、まったく交わらないところで生まれ直している者もいるのやもしれずで、
まあそういう者までわざわざ探し当てる気はさらさらないのだが、
同じ記憶持ちだと判ると、そこはそれ、親近感もひとしおというもの。
芥川の方でも、
隠し事を持つ身だった小さな疎外感のようなもの、この人の前では意識しないでいいのだと、
そんな安堵に肩から力みが抜けて背条が伸びる。
共通の知己という存在にあたる敦に関しての逸話や何や、
微笑ましいものをあれこれと話してくれた中也であったが、
「こうやって“正体”を明かし合った仲だからってのは、理由にならねぇかもしれないが。」
ふと。
瞼を伏せがちにし、急に感慨深げな顔となる。
あの少年に関して、出来れば協力してほしいことがあると、
困ったように眉を下げて語られたのが……
〜 Fine 〜 26.03.01.
NEXT →
*ちい兄ぃに こと芥川くんとの巻でした。
お誕生日だったよなというのをすこ〜んッと忘れててごめんなさい。
新しいPCに馴染むのが本当に大変なんですよ。
文章保存も勝手が違うし。ううう

|